東京高等裁判所 昭和33年(ラ)488号 決定
抗告人主張の不動産について抗告人主張のような処分禁止の仮処分が発せられたことは記録上明らかであり、記録編綴の登記簿謄本(記録五九丁から六五丁まで)によれば昭和三十三年五月十七日右仮処分の登記がなされたこと及びその後である同年七月二十三日右不動産につき山田由太郎に対する所有権移転の本登記がなされたことを認めることができる。しかしながら右資料によれば、同不動産については、同年一月二十二日従前の所有者と山田由太郎との間に締結された売買予約に基き、同月二十五日受付第一九号を以て山田由太郎のため所有権移転請求権保全の仮登記がなされたこと及び同年三月六日右予約完結の意思表示があり、前記本登記は右仮登記に基く本登記であることが認められるところ、不動産の処分禁止の仮処分は、単に将来における仮処分債務者の不動産処分を禁ずるに止まり、既往の行為には及ばないから、前記処分禁止の仮処分も、これに先だつてなされた前記山田由太郎との間の売買予約及び予約完結の意思表示の効力を左右することはできない。ただ仮処分の後になされた登記は、たとえ仮処分前の原因によるものであつてもこれを仮処分債権者に対抗できないのが本則であるけれども、本件においては、前記のように山田由太郎は右売買予約に基く所有権移転請求権を保全するため抗告人の右仮処分の登記がなされる前に仮登記を受けているのであるから、右仮登記に基く本登記の順位は仮登記の順位によることとなり、たとえ仮処分の登記の後になされていても、その順位は右処分禁止の仮処分の登記に先だつことになるから、山田由太郎はその所有権の取得を仮処分債権者である抗告人にも対抗することができる。
抗告人主張の昭和三十三年四月一日の新宿簡易裁判所の和解調書に「申立人山田由太郎に対し相手方株式会社中井屋ホテルは本件建物につき前橋地方法務局水上出張所昭和三十三年一月二十五日受付第一九号による所有権移転請求権保全の仮登記に基く昭和三十三年三月六日売買による本登記手続をすること。」という和解条項があつたことは記録編綴の和解調書写(記録第九丁以下)により明らかであり、右和解調書に基く強制執行につき同年七月一日原裁判所において破産法第百五十五条第一項の規定による強制執行停止決定がなされたこと(但し、本件不動産については同年八月二十二日取り消された。)は当裁判所に係属する昭和三十三年(ラ)第四九四号事件記録により明らかで、同年一月二十五日の仮登記に基く本登記が同年七月二十三日になされたことは前記一において説示したとおりである。しかしながら同年七月二十三日の前記本登記が右和解調書に基いてなされたものか、又は登記権利者と登記義務者とが共に登記所に出頭して申請することによりなされたものか、そのいずれであるかは記録上明らかにし難い。仮に抗告人主張のように右和解調書に基いてなされたものであるとしても、右和解条項は前記登記義務者において登記申請の意思の陳述をなすべき旨を定めたものであり、右和解調書の記載は確定判決と同一の効力を有するから、民事訴訟法第七百三十六条の規定により右和解調書が成立すると同時に右意思の陳述があつたものとみなされるので、その後において意思の陳述の強制執行をする余地はない。もちろん実際に登記を受けるには登記義務者の右意思の陳述のほか登記権利者の登記申請行為も必要であり、これらが具備して登記官吏により登記申請が受理されて後はじめて登記がなされるのであつて、和解調書の成立と同時に登記の効力を生ずるものではないけれども、和解調書成立後登記までの間の手続は登記義務者以外の者が不動産登記法に定めるところに従つてなす登記の手続であつて、和解調書に基く強制執行の手続ではない。従つて和解調書成立後は、その登記前であつても、その執行の一時停止をなすことは考えられない。抗告人主張の昭和三十三年七月一日強制執行停止決定及び同年八月二十二日のこれが取消決定は、いずれも同和解調書中強制執行に適する条項(例えば右不動産の引渡に関する事項)に関するものであつたものとも解すべく、右本登記に関する意思の陳述とは関係がない。
抗告理由(三)は、要するに山田由太郎と債務者株式会社中井屋ホテルとの間の売買予約及びその完結の意思表示は一般債権者を害する行為で破産法上の否認の対象となるから、破産財団の散逸を防ぐため本件仮処分を存続させる必要があると主張するものである。しかしながら抗告人主張の不動産が現に山田由太郎の所有に属し、同人はその所有権を抗告人に対抗できることは前二項で説明したとおりであり、仮に右不動産に関する売買予約及びその完結に関する行為が将来破産法上否認されることがありうるものであるとしても、それが否認されるまでの間は山田由太郎が所有者であるから、その処分の禁止を債務者株式会社中井屋ホテルに対して命ずることは無意味であり、将来同会社が破産宣告を受け、否認権行使により右不動産の所有権が同会社に復帰する場合を考慮しても、その場合には右不動産の管理処分をなす権限は破産管財人に専属することとなるから同会社に対し右不動産の処分を予め禁止しておく必要は考えられない。原裁判所が抗告人の申立に基いてさきに右会社に対し本件不動産の処分禁止等を命ずる仮処分をなしたけれども、その後前記仮登記に基く本登記があつたので、職権を以て右仮処分を取消したのは相当であり原決定にはなんら違法がない。
(川喜多 小沢 位野木)